大量保有報告書をClaudeにアップロードして「IATパートナーズの東洋エンジニアリングに対する保有比率は?」と聞く。返ってくるのは「届出書によると、IATパートナーズは約32.7%の株式を保有しているようです」。
おそらく合っている。でも「おそらく合っている」では足りない。
実際の数値は、届出書S100XNCJのXBRL要素RatioOfSharesHeldから抽出した32.72%。差は小さく見える。だが、その数値にたどり着く過程の違いがすべてを決める。
グラウンディングの罠
AI×金融の世界では、RAG(検索拡張生成)が精度問題を解決するという考えが広まっている。ドキュメントをアップロードし、モデルをグラウンディングすれば、より正確な答えが得られると。
解決はしない。ハルシネーションの頻度は下がる。ゼロにはならない。そして機関投資家の世界では、「だいたい合っている」と「証明できる」の差は、便利なツールとコンプライアンスリスクの差だ。方向性が合っているだけでは不十分。小さなエラーは蓄積し、信頼がすべてを決める。
問題はLLMの能力不足ではない。構造的な問題だ。PDFから数値を抽出するよう言語モデルに頼めば、確率的なトークン空間でパターンマッチングを行う。XBRL要素が何かは知らない。同一の届出者名が9件の届出書で3種類のエンコーディングで表記されていることも知らない。S100XNFMがS100XNCJに優先する変更報告書であることも知らない。
アーキテクチャの選択
AxioraはAIの推論とデータ取得を完全に分離している。
AIが担当するのは一つだけ。ユーザーの意図を解釈すること。自然言語を受け取り、構造化クエリを出力する。「東洋エンジニアリングを売っているのは誰?」と聞けば、AI層が意図を解析し、適切なツールにルーティングする。数値には一切触れない。
それ以外はすべてコードが担う。XBRLパーサーは型付き要素から値を抽出する。決定論的に、再現可能に、毎回同じ方法で。名寄せエンジンはIATパートナーズLLC、IAT Partners LLC、IAT Partners LLCを一つの正規エンティティに統合する。変更報告書チェーンの解決エンジンは、どの届出書がどの届出書に優先するかを把握する。軌跡構築エンジンは9件の別々の届出書を一つの保有推移に紡ぐ。32.72%から20.16%へ、21日間で。
これらのどのステップにも言語モデルは関与しない。確率的な処理はない。すべてのステップが監査可能だ。
ドメイン知識レイヤーの役割
XBRL抽出は基盤に過ぎない。抽出だけでは何が起きているかは分からない。決定論的データレイヤーの上で、ドメイン固有のスキルモジュールが動く。6カテゴリ、41ルール。
保有シグナル(11ルール)。買い増しストリーク、大幅増減、5%割れ、アクティビスト参入、ペース加速、目的変更、連動した買い増し。各ルールに明示的な閾値がある。買い増しストリークは3回以上の連続増加で発火。大幅増減は1回の届出で3ポイント以上の変動で発火。すべての閾値はAPIから確認できる。
決算シグナル(7ルール)。前回予想に対する上振れ・下振れ、予想修正、過去最高売上、利益率の拡大・縮小。決算短信XBRLから算出。プレスリリースのテキストからではない。
財務健全性スコア(8コンポーネント)。安定性、収益性、キャッシュフローを0-100で評価。業種調整とリスクフラグ付き。営業CFが2期連続マイナスならフラグ。自己資本比率20%未満もフラグ。スコアリング算式は公開。
資本配分分類(4クラス)。還元型、蓄積型、再投資型、混合型。FCFの使途で分類。FCFの50%超が配当と自社株買いに充てられていれば還元型。現金蓄積が支配的なら蓄積型。キャッシュフロー計算書の具体的な項目まで遡れる。
保有目的分類(8カテゴリ)。大量保有報告書には保有目的が記載される。純投資、アクティビスト、政策保有、経営参加、公開買付。日本語の開示テキストから決定論的なパターンマッチングで分類する。LLM推論ではない。
条件付き到達確率(3閾値)。保有比率7%で3回連続増加、目的「純投資」の届出者が10%に到達する確率は?全履歴の軌跡データから算出。
すべてのルールが決定論的。すべての閾値が文書化されている。すべての出力が原本の届出書まで遡れる。
なぜ今これが重要か
2026年の本当の競合はBloombergでもFactSetでもない。PDFを持ったClaudeだ。どのアナリストでもEDINET届出書をLLMにアップロードして、数秒でもっともらしい答えを得られる。質の高さが信頼性を感じさせる。それがまさに危険な点だ。
1件の届出書をアップロードしたアナリストには、1つの答えしか見えない。変更報告書チェーンは見えない。3種類の名前エンコーディングで届出したエンティティも見えない。21日間で9件にわたる軌跡も見えない。同じ届出者が売却加速の2ヶ月前に保有目的を「純投資」から「アクティビスト」に変更していたことも見えない。
Axioraにはすべて見える。より良いモデルを使っているからではない。この部分にモデルを使っていないからだ。
境界線
LLMは言葉を読む。コードはデータを取る。役割は交わらない。
これが境界線だ。一方では、言語モデルが意図を推論し、クエリをルーティングし、自然言語を生成する。もう一方では、型付きXBRL要素、決定論的パーサー、名寄せテーブル、変更報告書チェーン解決エンジンが、原本まで遡れる数値を生成する。
「IATパートナーズの東洋エンジニアリングにおける保有比率は?」の答えは、約32.7%ではない。32.72%、S100XNCJ、2026年2月18日届出。そしてその3週間後には20.16%だった。PDFのアップロードでは決してつながらない9件の届出書を横断して。
それはより正確な答えではない。答えの種類が違う。
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